モンテッソーリ女史

みかんが10才くらいの頃、モンテッソーリの教育論がどのようなものか、ふと興味を持って手にとってみた。おおお。これは、知らなかったなんてまずかったと後悔を。

モンテッソーリ園をどう思うか幼児教育関連の友人に聞いた時、モンテはもともと障害児教育の人だから、みかんちゃんには必要ないと思う、と言われたのだった。そうかなー、と思ったけど、。当時はまだ困っていなかった。未就園児の会の(社宅のこども全員)お友達との関係は良好だったし、なにかに固執するようなこともほとんどなかった。ところが園に入ってから問題がでたのだった。

クレヨンを並べるだけで絵を描かない。特定のお友達としか遊べない、特定のお友達を誘ってクラスを飛び出してしまう。その子の靴を隠してしまう……支配的で意地悪。

もちろん当時の家族の関係とか、みかんも今まで一緒だった友人が一人もいない園に入って、孤独だったのもあるだろう。

でも、知らないところでも平気でどこかの輪に入って遊ぶ子だったから、心配していなかったのがいけなかった。

マリア・モンテッソーリ女史(医師)は、イタリアの女医さん。勤務先の精神病院で、パン屑でしきりに遊ぶ障害児に目をとめ、指先の訓練を施すこの感覚教育法で障害児の治療教育に大きな功績を残したそうです。その後、健常児の教育にも着手し、現在のモンテの教育法がまとめられたそうです。しかし、基本は指先の感覚訓練なのでしょうね。

____医師として絶望的と言えるこの職場で、マリアは知的障害があるとされる幼児が床に落ちたパン屑でしきりに遊ぶ姿に目を留めた。それ以降、幼児の様子を注意深く観察するうちに、何ら知的な進歩はないと見放されていた彼らが感覚的な刺激を求めることを認め、指先を動かすような玩具を次々と与え、彼らの治療を試みた。その中で彼女は、感覚を刺激することによって、知的障害児であっても知能の向上が見られるという確信を得て、他の障害児たちにも同様の教育を施した。マリアが彼らに知能テストを受けさせると、彼らの知能が当時の健常児たちの知能を上回るという結果が得られ、イタリア教育界、医学界に衝撃を与えることとなった。 マリア・モンテッソーリ wiki

 

みかんは、ピアノでも苦労しています。その原因はわからないけれど、小さい頃にもっと指先を訓練していたら?と思う。

折り紙は、私がこどもの頃にやりすぎてあまり一緒にやる気になれずでした(苦笑)。しかし、なにか工作風なことは様々やったようには思うけど。

そして後年、モンテッソーリ女史の教育法の肝部分を知っていいなと思ったのは「年齢によって、発達する分野が異なる」とかなんとか。そして、その「発達の兆候を、萌芽を、大人はけっして見逃してはいけない」と書かれていた点。細かいことは忘れてしまったから、また読んでみよう…新しいものがでているようだ。

モンテッソーリ女史の本に出ていたのかどうか忘れてしまったが、言語の獲得は、2,3才から5,6才くらいまでが重要と書かれていた気がする。既に10歳。どうしようもない感が、笑

友人の子で、3歳の女の子がいる。その子はじつによく、まったく上手におしゃべりをする。また、姪たちを見ていて、まだ2才なのに、4才なのにこんなに話すのか?!と驚かされる。みかんなんて、そんな長いセンテンス未だもって話せないし、短文にしても正しい文法では話せない。

様子を見ていると、ディズニー映画を一日中でも見せている。英語版が見たいといえばそれをかけてやり、日本語版がいいといえば、それを何時間でも繰り返し見せてやる。半日もずっと座ったままでいいのか?と思うが、意に介さない。学研かなにかで取り寄せているらしい、教育教材もやらせ、文字も覚えさせている。

当時の私ときたら、文字を教えことはしなかった。シュタイナーでは「7歳までは夢の中」としていたし、私はまだちょっとそういう教育を好んでいた。いちいち後悔する、わたし、笑

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